本研究は交付申請書に記載された6つのサブテーマからなる。平成21年度は、まず、前年度まで中心的に進められてきたサブテーマである「啓蒙思想と精神分析をつなぐ特権的な思想史的系譜」、すなわちヘドニズム(快楽主義)の弁証法的反転によって特徴づけられる系譜(その代表はカントとサドである)についての研究の成果を、一本の論文にまとめた。この論文は、啓蒙思想の展開を総覧する論集において、平成22年中に公表される見込みである。他方、平成21年度の本来のテーマである「現代ラカン派精神分析の動向とその思想史的背景」についての調査は、9月のフランスへの渡航時に収集したものを含む一連の資料によって深められた。現代ラカン派は、ラカンの生前から続く絶え間ない分裂の過程もさることながら、精神分析をとりまく現代的状況、とりわけ、2000年代に入ってからの、米国流の認知行動療法を唱道する精神療法家と、そうした実践を支持する厚生省の一部からの攻撃という局面のなかで、著しく変貌してきた。その変貌のプロセスについては、本研究の調査によって概ね把握することができた。今後はその成果をまとめ、フランス精神分析の通史を概観する作業とともに、一冊の著書もしくは複数の論文のなかで公表してゆくきたい。また、平成21年度にはさらに、 「フロイトの社会理論、文化理論に含まれる啓蒙主義的成分」を抽出するという観点からも研究が進められたが、そこにおいて報告者は本研究のひとつの盲点に突き当たった。それは、精神分析と並んで、啓蒙思想からのそれへの影響を測定すべき社会主義思想と精神分析との関係という問題である。この問題は、それ自体がひとつのプロジェクトに値するテーマであり、今後の課題としたい。
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