21年度は、カツェネルソンがワルシャワ・ゲットーで書き上けたイティッシュ語の大作「ラシンのレベ」を読み込み、ほぼ全体を日本語に訳すことから出発した。ルブリンのユダヤ人の埋葬を果たし、ゲシュタポに身を委ねるレベ(ハシッド派のラビの呼称)の姿を、カツェネルソンはこのうえなく崇高なものとして描いている。これによって、カツェネルソンがゲットーにおけるユダヤ人の「精神的抵抗」を、武装抵抗より高く評価していたことがよく分かった。 また、この作品において、カツェネルソンがワルシャワ・ゲットーをどう扱うか、決定的な揺らぎを示していることも明らかになった。ワルシャワ・ゲットーを描くことも描かないことも不可能という、二重の不可能性に直面していたのが、この時期のカツェネルソンだった。この揺らぎを踏み越えて、ワルシャワ・ゲットーを正面から主題化することによって成立したのが『滅ぼされたユダヤの民の歌』である。 21年8月の終わりから9月初旬にかけては、エルサレムのヤド・ヴァシェムで調査と研究に従事することができた。そこでは、多くの貴重なイディッシュ語の資料・文献、英語の文献を収集することができた。とりわけ、ドロールのイディッシュ語新聞のいくつかの号は、ワルシャワ・ゲットーにおけるツケルマンらの活動を生き生きと伝えてくれるものである。 上記の研究・調査を踏まえて、2月には論文「ワルシャワ・ゲットーにおける『闘い』-イツハク・カツェネルソンの大作『ラジンのレベ』をめぐって」を書き上げ、公表した。
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