最終年度の本年は、成果のまとめと研究発表を行った。ロシアにおける日本と朝鮮演劇の展開過程は、1)具体的な劇の翻訳と上演2)ロシアの演劇学者の日本・朝鮮演劇研究3)日本・朝鮮演劇の要素の吸収4)日本・朝鮮人のロシア内での演劇活動と4つに分けて考えることができる。1)と2)については少くとも20世紀の諸データについて整理し、3)については20年代初頭のモダニズム演劇の時代の演劇史的研究をもとに一定の知見を得ている。大きな成果としては4)であり、ロシアでの国立朝鮮劇劇場について研究の端緒につけたことが大きい。これは20世紀初頭にロシア極東地方に移住していた朝鮮人の演劇活動を革命後国立劇場として設立するものである。しかしこの劇場は1930年代にスターリニズムによって強制移住させられ、中央アジアのカザフスタンに移転することになる。その後、そこで活動を続け今日に至る。旧ソ連時代のソ連国内の朝鮮演劇はこの劇場に代表される。この活動については概略が知り得た段階で、今後の研究への準備を整えることができている。また朝鮮系ロシア人劇作家についても概略をまとめることができたのは今後の研究に繋がる。とりわけアナトーリイ・キムの劇作品とその活動は、朝鮮系ロシア演劇の実験的演劇の嚆矢として理解されるべきである。日本演劇についても、断片的に知られて来たが、岡田嘉子の国立演劇大学GITISの卒業公演の『女の一生』の上演に関する資料ができた。また現代の日本演劇のロシアでの展開について種々の例があり、今日の日本とロシアの演劇交流の様相をよく示している。大きく4つのカテゴリーで研究を重ね、それぞれにデータを収集し、個別の発表の中で開示している。概して、日本・朝鮮演劇は20世紀のロシア演劇にとっては、モダニズムの側面において多いに貢献している一方で、ソ連の30年代の政治に大きく翻弄もされて来た。それらの演劇は、政治性を直接は描いてはおらず、むしろそれぞれの芸術性の中で政治的な枠組みを越境する試みとして理解できる。それは今日のアジア演劇のロシア国内での展開過程を考える上で大きな指針となっている。
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