本研究は、13世紀後半にパリで編纂されたとされる初の完訳版仏語聖書である『十三世紀フランス語聖書』を中心に、同写本作品の成立や伝播・普及に、十字軍遠征とそれを取り巻く文化・社会的状況等がどのように関わったのかを、写本作品に施された彩飾の比較考察を軸に、探究するものである。 本年度は、『十三世紀フランス語聖書』の普及・伝播において重要な役割を果たしたと推測される十字軍参加諸侯と関わりの深い、北フランス起源の聖書系テクストや聖書を基盤とする年代記等の写本作品の実地調査と資料収集を重点的に行った。パリのフランス国立図書館では、13世紀末に現在の北フランスあるいはベルギーで制作されたと推測される、聖書年代記・聖人伝集成の調査を重点的に行った。本研究における同写本の重要性は、本文に先立つ写本冒頭部に書き込まれた、天地創造に始まり13世紀末に至る年代記(年表式)の叙述の中に、8次に亘る十字軍遠征とこれに関わった北フランス出身の君公の詳細な事跡が含まれていることである。十字軍遠征、中でも13世紀後半以降の記述は、当該写本の制作と同時進行的に執筆され制作当初の写本所有者がさらに書き継いだものと推測され、本文の前半部を占める挿絵入り聖書系年代記テクストと所有者の十字軍遠征に対する関心とが密接に関連し合っていたことを窺わせると同時に、この時期の北ラランスにおける聖書系彩飾写本の重要性に新たな視座を開くものと期待される。ロンドンの大英図書館では、十字軍遠征に参加したテュートン(ドイツ)騎士団所有のラテン語聖書断片の実地調査を重点的に行った。同写本の彩飾は、14世紀初頭の北フランス・ベルギーにまたがる地域の俗語(フランス語)聖書系写本(黙示録、百科全書など)との影響関係を強く示唆しており、これらの写本作品との更なる比較考察が必要となると考えられる。
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