本年度は、依然として未解明の問題の多い『十三世紀フランス語聖書』成立期の様相の一端を明らかにすべく、現存する最初期の作例に関する考察を発表した(雑誌論文)。これは、先行研究において『十三世紀フランス語聖書』の現存する最初期の作例とされてきたフランス国立図書館所蔵の写本に加え、目録の記述の誤りにより従来15世紀の作例とされてきたものの管見によれば上記のフランス国立図書館所蔵作品と同時代もしくは年代的に先行する可能性のあるエヴォラ所蔵の写本とをとりあげ、両写本の彩飾の様式分析を通じて、特に後者の制作地・制作年代を明らかにするものである。 また、口頭で行った研究発表においては、15世紀におけるフランス語聖書の地域的伝播と13世紀後半以来のフランス語聖書の伝統がそれに及ぼした影響や写本の制作時点において新たに加わった地域的な特性を考察するケース・スタディとして、1430年代に北イタリアで制作された作例(ヴァティカン図書館所蔵)に関する考察を行った。同写本は、14世紀前半の制作と推測される(1世紀余も遡る)写本作品を本文のモデルとしながらも、他のフランス制作の作例には見られない独自の挿絵図像解釈を、特に聖地とかかわりの深い旧約聖書図像に関して示していることを明らかにした。 また、平成19年度に引き続き行っている写本作品の実地調査と資料収集においては、、13世紀末に現在の北フランスあるいはベルギーで制作されたと推測される、聖書年代記・聖人伝集成の調査・資料収集(フランス国立図書館)に加え、フランス北部(ブーローニュおよびアラス)に分蔵されている同地域で13世紀末に制作されたラテン語聖書と十字軍遠征に参加したテユートン(ドイツ)騎士団所有のラテン語聖書断片の彩飾との比較考察を進めるための、予備調査ならびに資料収集を行った。
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