本年度は、『十三世紀フランス語聖書』と十字軍遠征および聖地エルサレム王国との関わりを具体的に探る上で鍵となる、ニューヨークのピアポント・モーガン図書館所蔵の作品に関する考察を発表した。本作品は、1280年代初頭までパリで活躍し、その後、十字軍国家の最後の拠点となったアッコンにおいて活躍したことにちなみ<パリーアッコンの画家(=聖ヨハネ騎士団の画家)>と命名された、逸名の写本彩飾画家による作品である。同画家は、13世紀中葉アッコンでルイ9世のために制作されたパリのアルスナル図書館所蔵の『フランス語聖書』と同じテクストによるフランス国立図書館所蔵の1280年代アッコン制作の『フランス語聖書』の挿絵に加え、当時の俗語写本における聖書図像の広範なレパートリー源の一つでありパレスティナで人気を博した『世界年代記(古代史)』挿絵も手掛けるなど、十字軍国家とフランス語聖書写本とを直接につなぐ、数少ない貴重な証人の一人である。本論では、この画家のパリにおける初期の活動の様相の一端を明らかにし、同時に従来の研究ではほとんど論じられてこなかったこの画家の様式的出自を探るべく、13世紀最終四半期に北フランスのアルトワ地方で制作されたラテン語聖書写本の挿絵彩飾との比較を重点的に行った。 また、前年度に引き続き行っている写本作品の現地調査と資料収集においては、フランス北部のブーローニュおよびアラスに分蔵されている13世紀最終四半期の北フランス制作のラテン語聖書、ロンドンおよびオクスフォードの複数の研究所蔵機関に分蔵されている同時代の北フランス制作のテユートン騎士団(ドイツ騎士団)所有のラテン語聖書断片、また同じく同地域で同時代に制作されロンドン他の複数の研究所蔵機関に分蔵されているラテン語聖書(『ライランズ=グラツィエ聖書』)に関する調査を行った。こうした、十字軍遠征に加わった君公の主要な出身地である北フランス起源の13世紀末のラテン語聖書彩飾写本の調査に加え、『十三世紀フランス語聖書』の新約聖書部分のテクストとしては最も編纂当初のオリジナルに近いテクストを伝存するとされる、オクスフォードのクライスト・チャーチ図書館所蔵の作品に関する調査および資料収集を行った。
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