17世紀フランス古典主義美術を代表する画家、ニコラ・プッサンの作品制作において、ラファエッロと古代美術が果たした役割の重要性は常に指摘されてきたが、画家が両者を同化した理由については、その内発的な動機にのみ帰される傾向にあった。それに対して、プッサンの個人様式の展開と画家を取り巻く状況を比較すると、画家の資質の問題に留まらず、ローマで活動していた画家が、フランス人顧客を新たに獲得するため、戦略として両者を意識的に採用した可能性が伺える。それを検証することが本研究の目的であり、本年度はその可能性を裏付ける調査を行った。まず、1630年代半ばから40年代初頭のフランスにおける、古代美術とラファエッロの受容のあり方について再構成を試みた。具体的にはフランス国立図書館での一次資料(収集家の財産目録、当時の絵画理論書、古代関連の出版物、フランスでの美術行政を示す文書・書簡など)及びラファエッロに基づく複製版画の閲覧、学士院図書館所蔵の古代美術に基づく素描(未刊行のもの)の調査を行い、そこから、ラファエッロと古代美術が、少なくともパリの美術行政とプッサンの顧客となり得る人物たちの間では、すでに理想の美術としての確固たる地位を獲得しつつあったことを確認した。こうしたフランスの新規顧客層の潜在的需要に応えるべく、プッサンが1630年代終りに、ラファエッロと古代美術を巧みに取り入れて制作した2作品-それらはローマで制作され、画家のエージェントを母国で務めていたジャック・ステラの元に送られた-について、現所蔵美術館(ベルリン絵画館及びルーアン美術館)で作品調査を行い、かつ、ラファエッロおよび古代の美術に見出せる画家の視覚上の着想源を新たに指摘し、その制作過程を分析した。以上の分析に基づく総合的な検討と総括は次年度の課題である。
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