研究概要 |
2007年10月に益田の招きで来日した、ロンドン大学コートールド美術研究所教授John Lowdenと、レクショナリーに関する共同研究を継続して、大きな成果が得られた。益田はVenezia, Hellenic Institute, Cod. gr.2とParis. gr.286の2冊のレクショナリーに特異なテクストが採用されていることを指摘し、ラウデン教授はこれにOxford, Bodleian Library, Auct. T inf.2.7とCambridge University Library, Dd.8.23の2冊を追加した。これら4冊にはコンスタンティノポリス総主教及び主席司祭が年間の典礼で果たすべき役割を詳細に指定する、いわばマニュアルが収録されているのである。 当然のことながらこれら4冊の聖者暦は、若干の誤記を除いて完全に一致する。すなわち11世紀後半〜12世紀前半の首都コンスタンティノポリスの、標準的な聖者暦が再現可能である。これを基準として、挿絵を有する他の大型レクショナリー(Athos, Dionysiou 587; NY, Pierpont Morgan M639; Vat. gr.1156, etc.)の工房を推定する可能性が生じた。この作業の際に留意すべきは、写本工房と挿絵画家のアトリエが別個のものであった点である。 すでにコンスタンティノポリスのオディゴン修道院工房とテオトコス・エヴェルゲティス修道院工房については、聖者暦のデータが得られた。これに加えて、総主教座に近い首都の大工房の実態が明らかになりつつある。レクショナリー聖者暦の比較研究から得られた写本工房に関する知見は、今後他ジャンル写本(四福音書、詩篇等)とも合わせて検討されなければならない。
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