実地調査に基づき、東西二つの辺境にかかわる研究発表を行った。紫式部学会の「『源氏物語』と東国」と題する発表においては、宇治十帖の女主人公浮舟が、東国幻想を基盤として造型されていることを具体的に論じた。すなわち、『万葉集』の東歌や高橋虫麻呂の作に見える東国の女のあけすけな性愛描写が都人の一種のエキゾチシズムともいうべき東国幻想の所産であり、浮舟もまたそうした幻想に支えられて人物造型がなされていることを、文学史の問題として解き明かした。東国という辺境が、都という空間に対して、正負の二面的価値をもっていることをそこからあきらかにした。また古事記学会の「アマテラスの影」と題する発表では、日本の太陽神信仰が西の辺境に起源をもち、その東漸の過程がアマテラス信仰の展開過程であることを具体的に論じた。和歌山市の日前宮や伊太祁曽神社の独自なありかたは、アマテラス信仰が、海辺の母子神の信仰と深くつながっていることを示唆する。大隅正八幡宮縁起の世界との比較を通じて、西の辺境からの視点をもつことがいかに重要であるかをあきらかにした。なお、雑誌『文学』の特集「八世紀の文学」の企画を担当する中で、八世紀が西国世界(大宰府圏)と東国世界とを両極とする時代であることを鮮明に示したつもりである。なお、論文「怕しき物の歌」は、辺境の果てに幻想される他界像について論じたもので、辺境からの文学史がいかに構築されるべきかの一つの解答を示したつもりである。隼人の問題についてはまだ探究中であり、次年度以降に具体的な成果を示したい。
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