日本近代文学館所蔵の芥川龍之介文庫和漢書(四六五点)のうち、本年は四回の出張調査により、『姑妄聴之』から『樊山集』までの二三九点の書き込み調査を行った。初年度としては順調なペースである。これは、当初の予想よりも書き込みが少なかったためであるが、その書き込みの翻刻と、頁を折った個所の記録は同時に行なうことができた。書き込みが見られる書物は『甌北詩選』『韓内翰香奩集』『旧小説』『精刊唐宋千家聯珠詩格』『青邱高季迪先生絶句集』『浙西六家詩鈔』『蘇文忠公詩集択粋』『唐詩絶句』などで、漢詩集が多く、簡単な批評が主であった。なお、従来の『芥川龍之介文庫目録』(日本近代文学館)で書き込みありとされた内のいくつかの書物は、実際には他筆であることが判明した。また、頁を折った書物が非常に多く、芥川の多読ぶりが推測されるものの、芥川自身によるものか、自然に折れたものかわかりずらい場合もあった。英書とは異なり、なじみの深い日本文・漢文の書物の場合、いちいち印象や批評を書かず、頁を折ることで後の心覚えとしたと推測される。最後に、芥川作品への摂取の具体例としては、芥川が『偸盗』(大正六年四・七月『中央公論』)で使用した平安時代の京都の地図が、芥川文庫所蔵『中古京師内外地図』(明治三十四年吉川半七発行)であったことが判明した。詳細は11.の研究発表欄掲載の拙稿に譲るが、平安時代を舞台とした本作品に、元享元年・(一三二一)開基の立本寺が出てくる謎を解決する、重要な発見であると考える。
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