和歌資料を中心とする久保田は、東京の諸機関所蔵の資料の収集に努め、幕臣門人達の事績の調査と作品研究等に従事した。また、長州藩の毛利重就と冷泉為村に関する資料調査を実施し、重就に対する冷泉家の待遇が例を見ないほど丁重であったことを確認し、萩毛利家が単なる一外様大名には留まっていなかったことを明らかにした。また佐久市の池田家所蔵書簡群の翻字作業に引き続き従事し、原稿化を進めた。これらの作業により、近世中期の歌壇において冷泉家が中心的位置を占めたことが資料によって裏付けられたといえる。 和文資料を中心とする山本は、秋成の和歌と和文、懷徳堂の学者の和歌と和文について、原資料、翻刻、関係論文の複写をおこなった。それらの資料をもとに、秋成の『源氏物語』各巻に寄せた和歌について注釈稿を発表した。今後、秋成の作詠方法や『源氏物語』観などを明らかにするための基礎となるものである。また中井履軒の和文を分析する論考、さらには五井蘭洲、中井履軒といった懷徳堂の学者と秋成の和文を取り上げて彼らの関わりについて論じる論考を発表した。いずれも、従来等閑視されていた和歌・和文という分野から、当時の文人の価値観や交流を論じたものである。 近世冷泉派の伝存資料は厖大であり、本年度を以て終了する本研究は、資料群の一端に触れ得たに過ぎない。今後も調査を継続する必要を強く感じる。
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