国宝『源氏物語絵巻』(徳川、五島美術館蔵。以下『絵巻』と称する)は、絵と詞書とを合わせて鑑賞する絵巻物である。しかし従来の研究では、詞書が問題にされることは少なく、絵の画面と源氏物語の好情性とを重ねて説明する例が多く、図像や色彩を『源氏物語』のストーリィ展開と安易に結びつけて人物の心情が絵巻の画面に現れている、といった鑑賞方法が蔓延している。 本研究では、詞書を丁寧に読み解いて『源氏物語』の原文との一致・相違を明らかにし、詞書と絵の画面とを比較対照して、『絵巻』本来の意図を考察した。既に拙稿で、『絵巻』の絵に「異時同図」があるとされてきた認識は、源氏物語原文との混同から生まれた誤解であること、詞書と一枚の絵が一場面に焦点を当てて描いていること、『絵巻』の原初形態が冊子であった可能性が高いこと、などについて指摘した。これを受けて今年度の研究では、巻子本の形式では詞書と絵との緊密な連携は成り立たないこと、逆に、絵と詞書とが別冊になった冊子であれば、絵と詞書との対照がきわめて効果的であることが明らかになった。たとえば詞書の第一紙と絵の右側に描かれた状況、第二紙と絵の左側の状況とが、内容的に一致、対応するように作られた場面が複数あること、感情や状況の変化に応じて料紙の意匠や書体を明確に変化させた例など、冊子または色紙の形式でこそ意味のある特徴も明らかになった。さらに、絵の画面と詞書の一字一句、とくに歌のことばとが対応すべく作られていることも明らかになった。 また、その他の源氏絵を数多く調査した結果、絵と歌とが深く関わっている作品が多く見られることも確認できた。中世から近世における絵師たちの関心は、色彩や造形だけでなく、物語の中の歌や歌の詠まれた状況にあったということが推定された。これらのことから、『絵巻』の制作者もまた、後世の絵師と同様の意識があったものと考えられる。
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