本申請研究の最終年度となる平成22年度は以下の3点を目標とし、下記の成果が得られた。 1異なる文化圏で相互に無関係に成立した文芸作品を比較する意義を論ずる。 2中世ドイツの『ヴィルギナール』の主要3写本に用いられる語彙とモティーフの比較分析。 3「ディートリヒの歴史叙事詩」3作品の翻訳作業を継続。 第1点については、軍記物語研究で今もしばしば用いられる「叙事詩」の概念に関する先行研究を平成21年度に続けて検討した。今日なお影響をもつ幾つかの先行研究では対象作品の理解がその原文に基づくかを検証する必要がある。多くの西洋叙事詩で初の邦訳が理論研究よりはるかに遅れて刊行されており、再考の余地が大きいからである。他方、異なる文化圏の作品を実証的かつ厳密に比較する方法論の研究に大きく貢献した故Fromm教授の関係者から文献の寄贈を受けたので、英雄叙事詩を軍記物語と比較する方法論を再検討した。結果は来年度以降に発表するが、実証性の重要さと比較の意義を中心に記述する予定である。第2の語彙分析に関しては発表した3論文が中世ドイツ文学の碩学Bumke・Curschmann・Hoffmann・Heinzle等の研究者から評価を得られた他、『ヴィルギナール』の新たな校訂版を準備しているブレーメン大Lienert教授より、今後さらに緊密な研究交流を行う申し入れをいただいた。第3点に関しても複数の研究者から貴重な助言が得られ、作業をさらに推進することができた。以上により本年度は、未発表分があるものの、最終年度にふさわしい成果を上げられたことを報告し、助成に深く感謝したい。
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