平成19年度は、19世紀のアメリカで出版された詩集がどのような挿絵をともなっていたのか、実例を検証しながら考察した。とくに、ヘンリー・ワズワース・ロングフェローの物語詩『エヴァンジェリン』(初版1847)の各版を集め、それらのイラストレーションを分析することによって、その変遷をたどった。 たとえば、『エヴァンジェリン』のアメリカ初のイラスト版(1849)は、イギリス版の複製に過ぎなかったが、その背景には、ロングフェローの版権管理やステレオ版という技術革新があり、その複製を可能にしていた。19世紀のアメリカを代表する挿絵画家F・O・C・ダーリーが挿絵を描いた版(1866)は、ダーリーの自由闊達なペンタッチを、木口木版の彫師A・V・S・アンソニーが忠実に再現していて、凸版画とは思えない仕上がりになっていた。ロングフェロー作品のなかでもっとも豪華なエディションである『イラスト版ヘンリー・ワズワース・ロングフェロー詩集』(1879-83)では、現在、挿絵画家として忘れられてしまった女流作家メアリー・ハロック・フットが陰影に富んだ優れた挿絵を寄せていた。またダーリーが再び挿絵を描いた1882年版は、グラヴィア版という新しい技術が使われていた。 さらに各版に描かれたエヴァンジェリンを分析すると、上記の豪華版『詩集』の頃から、18世紀の人物であるはずのエヴァンジェリンが、17世紀のピューリタン女性のような姿恰好で描かれるようになったことがわかった。すなわち、カナダのノヴァ・スコシア地方を追われてアメリカに来たという設定のエヴァンジェリンが、アメリカ人の先祖であるピューリタンになぞらえていたのである。『エヴァンジェリン』が叙事詩の機能を果たしていたことを伺わせる、ひとつの証拠といえるだろう。
|