平成19年度に解析を終えた啓蒙前期の地下文書ピエール・キュッペ『万人に開かれた天国』を翻訳して現在印刷中の『啓蒙の地下文書II』に収録し、同時に研究論文「悪魔よ、悪魔よ-ピエール・キュッペ『万人に開かれた天国』」を公表した。この過程で明らかにされたのは、ピエール・ベールが提出した弁神論のアポリアを一挙に断ち切るために、カトリック教会に属するフランス寒村の一修道士が1710年代に独特の普遍的救済論を唱え、異端として前言撤回を余儀なくされたことである。これは現世の政治的体制を独自に解釈した救済論により「神の正義」と完全に切断し、結果としてその正義は悪魔の断罪ひとつに集中され、全人類は自助努力により天国で階層化されるという理論であった。このような現世の社会・政治体制理解と神学的救済論との乖離は、同じくベール周辺に位置した元修道士でカルヴァン派に改宗し、オラシダに亡命したニコテ・グードヴィルの文筆活動中にも検証されつつある。雑文家グードヴィルは1700-10年代における、フェヌロン『テレマコスの冒険』批評と、反ルイ十四世を標榜する政治新聞『ヨーロッパ諸宮廷の精神』で知られるが、いまだ本格的な研究はなされてこなかった。本研究課題直前に公表した論文「酔っ払い文士と鼻水をたらした説教師-ニコラ・グードヴィルによる『テレマコスの冒険』批判」で示したが、この文芸批評は一種の反フランスの政治的プロパガンダと見なせる。この評論および彼の政治新聞の分析から現在指摘できるのは、「良心の自由」という高度に神学的価値を有する問題が、国際政治の中でまったく世俗的論理で処理される現状をグードヴィルが鋭利に摘出していることである。彼の心性には、「神の正義」への沈黙的態度と公共の安寧への世俗的希求が明らかに見られる。
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