本年度は、13世紀のフランス国王フィりップ四世の周辺で王権のあり方を論じた二篇の論文、Aegidius Romanusの De regimine principumと、作者不詳の Disputatio inter clericum et militemを取り上げ、世俗国家の新しい自立性への主張を含む萌芽的な思想的著作としてこれらを位置づけたうえで、まずAegidius Romanusの著作が14世紀のイングランド国王リチャード二世の側近であったSir Simon Burleyの蔵書中に含まれていたことに注目し、Aegidius Romanusが描出した君主の理想像がリチャード二世の統治スタイルにいかなる影響を与えたかを検証した。次に、リチャード二世の時代にAegidius Romanusの著作を参照して書かれたとされるJohn GowerのVox Clamantis第六巻、およびConfessio Amantis第七巻を考察の対象とし、そこから窺えるGower自身の思想的傾向と、当時の政治的状況が彼の君主論の論調にいかなる影を落としてるかを分析した。その際、Gowerが1381年の農民一揆以降、国家の政治的・社会的危機を憂い、国王と国民に語りかける預言者としての「声」を獲得していった経緯を辿りつつ、Gowerの政治的発言の思想的内容のみならず、その修辞的特徴にも留意しながら分析を進めた。また時代を下って15世紀初頭のヘンリー四世の治世にも目を向け、王宮の下級官吏であったThomas Hoccleveの詩Regement of Princesの中にAegidius Romans やGowerの著作の影響の痕跡を辿り、ヘンリー四世の王権の基盤の脆弱さが問題となっていた時期に、先人の著した君主論がHoccleveにとって切実な重要性を有するものとなっていたことを確認した。さらに、王宮から遠く離れたグロスターシャーでThomas Berkeleyの依頼により上記の二篇の論文を英訳したJohn Trevisaの活動を考察対象とし、その翻訳活動の思想的な意義を分析した。具体的には、Thomas Berkeleyが当時、リチャード二世と対立する諸侯側の陣営に属していたことに注目し、教皇権からの王権の独立を主張した13世紀の著作が、王権への批判を強める有力貴族の政治的。
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