今年度は、当該研究を含むこれまでの研究成果となる著作が刊行されたという点で、意義深い一年だった。この著作では、これまで知られていなかった夏目漱石とオスカー・ワイルドの影響関係を指摘し、特に漱石の名作『心』がワイルドの『獄中記』におけるイエス論に深い影響を受けていることを明らかにした。また、ワイルドの同性愛者としての苦悩や失脚の体験を漱石が作品に内面化し引き受けたことを論じた。 きらに、20年度にロンドン大学バークベックカレッジ主催のマスキュリニティの国際学会にて行った研究発表が学会記念論文集に掲載されることが決まり、これを大幅に加筆修正した。今回の加筆修正では、乃木希典の殉死事件を大きく取り込み、『心』における「先生」の殉死の解釈に対して、イエスの贖罪の死と、オスカー・ワイルドの同性愛者を代表する処刑、償い、犠牲へとつなげた。 現在は、ワイルドの評伝執筆に向けて、さまざまな人によって書かれた伝記を多数読み込んでいる作業を継続して進めているところである。年度末に行った調査旅行によって、ワイルドの友人でワイルド死後もその擁護に論陣を張り続けたロバート・シェラードが、アンドレ・ジッドの自伝中に書かれたワイルドの行状を否定するパンフレットを発見した。これは、ワイルドを取り巻く友人の間で、同性愛がどう理解されていたか(理解されていなかったか)について教えてくれる貴重なものである。こうした資料などを盛り込み、同性愛およびソドミーの歴史を横軸に織り込んだワイルド伝を最終年度中に執筆する予定である。
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