タンホイザー伝説における<愛の有り様>を考察するにあたり、ヴァーグナーがその『タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦』において取り上げているエリーザベト伝説はきわめて重要である。タンホイザーの救済の鍵を握るのが聖女エリーザベトだからである。このエリーザベト伝説は13世紀にカトリックの聖人伝説として成立した後、19世紀には「再発見」され、多くの絵画の素材となり、また先のヴァーグナーのみならず、リストもそのオラトリオの主題としている。2007年度はその伝説の主人公であるテューリンゲン辺境伯夫人エリーザベトのちょうど生誕800年祭であり、関係書物が出版されるとともに、伝説の当地ヴァルトブルク城を始めとしていくつかの催しが行われた。去年度はその催しを視察するとともにヴァーグナーらの最新の上演もいくつか参照しつつ、エリーザベトに関する新しい成果による文献を資料として、エリーザベト伝説と19世紀のヴァーグナーとリストの芸術の関係を考察した。 現在は、「演出家支配の時代」と言われ、いわゆる斬新な演出で時代性や歴史および宗教などという現代とは一見無関係な原作の要素を大胆に切り捨てるオペラ解釈が全盛といって過言ではないが、今日古典となっている近代芸術家たちにおいて、やはり広義の宗教性がその本質に存在することを、カトリックの聖人伝説との関係を詳細に論じ検証することで示し、近代芸術解釈に一石を投じた。
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