近代文学における中世伝説重要性、特にヴァーグナーにおける重要性については、伝説を批判的に分析し解体しようとするものだとする否定的な解釈の方が、現代ではどちらかと言うと主流となってきている。このような傾向には、伝説がゲルマン精神への回帰をスローガンとするナチズムた利用きれた、という過去への反省が何といっても大きな原因であるし、精神分析やアドルノらの批判理論の現代における広がりも大いに関与している。 しかし、本研究において私は、たとえ批判的に扱われていようとも、近・現代文学における中世伝説が欠くことのできない意味をもっていることを示したいと考えている。21年度の研究においては、ヴァーグナーのみならず近・現代を文字通り代表する大作『ニーベルングの指環』を取りあげ、過去のマルクスらの批評も踏まえつつ、シェローからいわゆる「東京リング」にいたるさまざまの現代演出の映像資料や実演による分析に基づいて、ゲルマン神話や中世伝説とこの近代の大作の関係を明らかにしようとした。 その結果を要約するなら、なるほどかつての英雄伝説が「愛」をテーマとする作品に変えられているという意味で、いわば換骨奪胎されてはいるが、そこでテーマとされた「愛」は、因習や宗教から解放され、自由と光輝に満ちた肯定的なものであると同時に、混乱と悲惨をもたらしがちな恐ろしくもあればないものとして描かれており、その「近代の愛」に対する批判的精神の根源には、やはり素材となっだ伝説の存在があると言わねばならない。
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