本研究は計画三年間の各年度において死の表象について、それぞれ、国家ないし伝統の存続との関わりから表現された死、個人の内面を投影して表現された死、神話世界に取材して表現された死という重点テーマを設定し、おのおのについて重要と思われる作品群から特定のものを選んで考究する。 本年度は国家ないし伝統の存続との関わりから表現された死というテーマをめぐって、とくにウェルギリウスの『農耕詩』と『アエネーイス』に焦点を当てて検討した。 『農耕詩』の検討では、長い内乱による国土荒廃のあとに書かれたこの作品の根本において、人間が平和や幸福な生活を戦争での勝利によって獲得し、武力によって保持する矛盾が意識されていること、その矛盾がこの作品の属する教訓叙事詩というジャンルの制約にもとづくジレンマと重なり合いながら提示されていること、そして、そうした戦争をめぐる「生」と「死」の逆説が人間を「固い種族」とする神話的表現に凝縮されていることをを観察した(裏面「学会発表」の項、参照)。 『アエネーイス』については、第1歌と第2歌を検討の中心に据え、この英雄叙事詩の主人公アエネーアースの視点を通して間近に迫る死がどのように表現されているか検討した。とくに、嵐のために海に呑込まれようとする英雄を弱々しく叙述する第1歌前半部に対して、英雄自身の語りによって陥落必至の炎上する祖国での命を惜しまない勇気が示される第2歌の対比に注目した。
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