本研究は計画三年間の各年度において死の表象について、それぞれ、国家ないし伝統の存続との関わりから表現された死、個人の内面を投影して表現された死、神話世界に取材して表現された死という重点テーマを設定し、おのおのについて重要と思われる作品群から特定のものを選んで考究する。 本年度は、一方で、国家ないし伝統の存続との関わりから表現された死というテーマをめぐって、昨年度に引き続き、ウェルギリウス『アエネーイス』に焦点を当て、とくに、第4歌での主人公である英雄アエネーアースの資質ビエタースをめぐる逆説的提示に着目した。英雄は、自分との関係め深さに応じて相手を大切にする社会的美徳ピエタースにすぐれるとされながら、自分の窮地を救った恩人であるカルターゴーの女王ディードーを結果的に裏切ることになる。しかも、それは「ローマ建国」というより大きな使命を果たすためであったためであるのに、ディードーの命をかけた呪詛によって未来のローマに大きな困難を招来してしまう。その際、彼女の自殺は悲劇と見られると同時に、生が終わることで一つの「完結」を表現しているのに対し、英雄はピエタースにもとづくと信じた行為によってさらに大きな苦難を背負って生き続けるという対比が観察された。 他方、神話世界に取材して表現された死というテーマをめぐっては、オウィディウス『変身物語』に語られるパエトーンのエピソードについて再考した。父である太陽神の馬車を暴走させて世界を炎上の危機に陥れたためにユッピテル神の雷電に撃ち落とされた若者パエトーンの死を詩人が作品の性格提示に用いていることを観察し、その死の場面にパエトーンの馭者座への変身を暗示しながら、明瞭には表現しない点に、いわば、変身そのものの変容というような提示があることを見た。
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