4年間の研究実施期間の最初の年次にあたる本年度は、おもにドイツ国内における関連資料の所蔵状況を検討し、多言語地域の文化的伝統を「資源」ととらえて、その市民社会への還元の意味を考察するための基礎データ収集にあたった。ボヘミアに関しては、1980年代以降、ハプスブルク帝国支配下の文化状況についての図書がコンスタントに刊行され続けているが、それは近代におけるチェコ国民文化の発展という視座からとらえられたものである。ドイツ語圏の研究者と共同して展覧会が開催され、また重要なカタログ類が出版されるようになったのは、ようやく1990年代以降である点が、文献的に確認された。これらのカタログ類は、ボヘミアの多言語文化的伝統とその位置づけをめぐる言説の変化を示す、もっとも重要な指標であり、次年度以降さらなる検討が必要とされる。シレジアに関しては、ゲアリツに開館したシレジア博物館に焦点を当てた調査をおこない、その開設にいたる経緯、さらには常設展示そのもののコンセプトをめぐる複雑な議論について、インタヴューをおこなった担当学芸員から示唆された。シレジアの場合、ドイツ-ポーランドの国境問題が、第二次世界大戦後にこの地域から追放された大量のドイツ系住民の存在とあいまって、政治的・社会的にきわめて錯綜するコンテクストを形成している。そうしたコンテクストは従来、もっぱら現代政治史の問題として論じられており、文化論的なアプローチはようやく1990年代以降に本格化したものといえる。この点、さらなる資料の渉猟が欠かせないものと思われる。
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