平成19年度は、システム理論に関する理論的な研究に重点を置きつつ、18世紀ドイツにおける具体的事例として、シラーの文芸雑誌の試みを文芸的公共性との関連において分析した。ルーマンのシステム理論においてもハーバーマスの公共性理論においても、文学はコミュニケーションの一形式として把握されうるが、両者においてその理解のしかたには明らかな相違がある。ルーマンにとってコミュニケーションは他のコミュニケーションへと接続することによって自己組織化を繰り返し発展していくものであるのに対し、ハーバーマスにとっては討議による合意へと至る過程と見なされる。ハーバーマスはとくに18世紀ヨーロッパにおいて文学がそのような機能を担っていたことを指摘し、それを「文芸的公共性」と呼んだ。シラーの文芸雑誌も、文学による公共性を目指したものであったが、その文学的コミュニケーションの主要な要因をなしていたのは、ハーバーマスのいう討議ではなく「美的共感」だった。その意味で、シラーがその文芸雑誌によって形成しようとした公共性は「美的公共性」とでも呼ばれるべきものであろう。シラーは美的公共性を形成する文芸雑誌という一つの「プロジェクト」を試みたわけだが、それは当時の文芸雑誌という文学システムにおいては十分機能することはできず、またそのシステムを変革することもできなかった。そのため、晩年のシラーは演劇あるいは劇場という別の文学システムにおいて、そのプロジェクトを継続しようと試みたのである。こうして、シラーの文芸雑誌の試みを具体例として、18世紀ドイツにおける文学の「プロジェクト」と「システム」との関係を多少なりとも明らかにすることができた。
|