平成20年度は、啓蒙主義期のドイツの文学システムが当時の社会システム全般および人間の心的システムに対してどのような機能を果たしていたか、という問題を中心に研究を進めた。とくにフラン啓蒙主義の影響を大きく受けたドイツの啓蒙主義は、人間の心的システムに対して理性の解放を要請したけれども、同時に感情の解放をも促進していた。これは、それまでキリスト教の教会による伝統 的な宗教的道徳観を基盤として安定していた人間の心的システムを大きく動揺させるとともに、社会の変革をも促すことによつて、社会システムを不安定化させる要因をも含んでいたのである。 すなわち、理性の解放は、伝統的な道徳観をも懐疑することによって、エゴイズムや無神論を出現させ、道徳的退廃をもたらした。また感情の解放は、熱狂やメランコリーといった極端な病的な感情を引き起こし、自殺や犯罪などの反社会的行為へとっながっていった。このような問題は当時の文学においても頻繁に扱われており、感傷主義やシュトゥルム・ウント・ドラングの文学では解放された感情が表現され、小説の分野では熱狂やメランコリーのような病的な感情が冷静に分析記述された。これに対して、道徳週刊誌などでは道徳的退廃に対して道徳的な感情を養成することが課題とされ、演劇においてはレッシングらが人問の道徳的な感情の強化を試みようとし、またシラーは文学における生の素材としての感情の表出を批判して、対象を形式によって統制し理想化することや、文学によって感情を美的なものに高めることを求めた。 啓蒙主義は理性と感情の解放によって心的システムと社会システムの安定性を動揺させたが、文学システムは解放された理性や感情を制御して、再び安定化させる機能を果たしていたのである
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