平成21年度は、これまでの研究成果を総括整理しながら、ドイツ啓蒙主義の文学や思想におけるプロジェクトと同時代の社会および文学システムとの相互関係を検証する作業を行った。ドイツ啓蒙主義の思想においては、ライプニッツやヴォルフの初期啓蒙主義の合理主義的哲学の流れを継承しながらも、一方ではシャフツベリーやファーガソンなどスコットランド啓蒙主義から感情倫理や共感の思想を受け入れ、他方ではラ・メトリやドルバックなどのフランス唯物論に抵抗しつつ、シュパルディングやモーゼス・メンデルスゾーンらが神学的な思想の上に人間学的な要素を多分に組み入れた啓蒙主義思想を形成し、そこからヘルダーの人間性(フマニテート)の理想やカントの理性法則に基づいた自律の思想などにより、「自律的主体の理性的自己解放」という啓蒙のプロジェクトが展開していった過程を検証することができた。そしてまた、この啓蒙のプロジェクトは当時の文学システムに対しても影響を与え、文学においてもまた、観客への道徳的作用を目的としたレッシングの演劇論やその悲劇の実作、道徳的感情を重視したゲラートなどの感傷主義的小説、さらにはシラーの美的教育や崇高論およびその悲劇実作などに至るまで、啓蒙のプロジェクトの理念がかなりの程度まで浸透していることを認めることができた。しかしこれは、文学システム全体あるいは社会システム全体の中では必ずしも十分には機能しなかったように思われる。その大きな原因の一つは、シラーの文芸雑誌の分析からも明らかになったように、作者と読者との間に大きな隔たりがあり、両者のコミュニケーションがハーバーマスのいうような合意形成へと至る方向性よりも、ルーマンのいうようなシステムの持つ偶然性の作用が大きかったからであろうと考えられる。そのメカニズムを解明するにはより詳細な研究が必要であるが、この点にプロジェクトとシステムの対立的な作用関係の一部を見てとることはできるだろう。.
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