2007年度の研究では、ルネサンス期イタリアの活字印刷と英雄詩の文体との関係を検証する予備作業として、トルクァート・タッソの叙事詩『エルサレム解放』のテキストクリティークの問題点を吟味した。 報告者の研究課題においては、アンジャンブマンなどの細かな文体上の特徴や、句読点を初めとするテキスト内部の視覚記号の詳細を検証する必要があるのだが、これらの検証にあたっては、使用するテキストが原典に忠実かどうかを確認する作業が欠かせない。特にタッソの叙事詩『エルサレム解放』の場合、詩人の自筆原稿が確認されていないうえに、今日に伝わる16世紀当時の印刷本や写本も、テキスト相互あるいはテキスト内部の錯綜した関係のために、いずれがもっとも作者の意向に忠実なテキストであるのか特定するのが困難な状況にある。報告者はこの点をクリアーにするために、L.Pomaらによる最新の文献学研究の成果を吟味しながら問題点を整理し、かつ現地イタリアで実際に重要写本の一部を閲覧して確認作業を行った。その結果、先行研究の指摘するとおり、写本のなかでも特にN写本とEs3写本の二つが最終段階のテキストに相当すること、16世紀に刊行された印刷本はいずれもテキストとして不正確な点を多数含むこと、またこれら当時の印刷本に依拠して刊行されたL.Carettiによる今日の普及版も、細部において少なからぬ問題を孕むことなどを確認した。上記の検証作業はおおむね先行研究に基づくものであり、報告者のオリジナルな研究成果と言えるものは多くない。しかし、日本において『エルサレム解放』のテキストクリティークの問題がまったく議論されていない現状を鑑みれば、学術的に相当の貢献をもたらすものだと言える。なお上記の検証については、2007年10月に行われた全国規模の学会大会において発表報告を行っている。
|