本研究は、ルネサンス期イタリアの英雄詩の文体の変遷を、活字印刷の普及との関連において考察するものである。 今年度は昨年度に引き続き、研究対象の一つであるトルクァート・タッソの叙事詩『エルサレム解放』について16世紀当時の印刷本の問題点を検証した。タッソ存命中の印刷本は、すべて作者の承認をえないまま刊行されており、いずれの印刷本が信頼に値するテキストなのかを特定するのが難しい。加えてタッソ本人の自筆原稿が確認されていないため、作品の原型を再構成するに当たっては作者以外の手になる写本に頼らざるをえない。複数存在するこれら主要写本についても、いずれのテキストが作者の意向をもっとも反映したものなのかを慎重に吟味する必要がある。このような文体分析の大前提となる問題について、先行研究を吟味しながら、主要な写本と印刷本の関係を時系列上に正確に整理した。なお、この研究成果は、全国規模の学会誌に掲載された。 タッソ以外の英雄詩については、プルチとアリオストの騎士物語を検証する予定だったが、今年度に予定していた現地調査が家人の長期入院で不可能となった結果、前者の一次資料の入手が難しい状況となったため、当面15世紀後半の詩人プルチから、ほぼ同時代のボイアルドの騎士物語に研究対象を移行することとし、後者の資料の収集に努め、分析を開始した。分析については、特に直接話法の導入箇所を吟味した。地の分から会話への転換、話者Aから話者Bへの移行などは、今日のテキストでは、引用記号によって視覚的に即座に理解できる。しかし、当時の写本・印刷本ではその種の記号が使われていないため(視覚ではなく聴覚で作品を理解する傾向が強いため)、必ず話法転換を示す何らかの表現が使われる。この転換表現の特徴の整理・分析を開始した。
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