本年度は、研究最終年度の作業として、これまで3年にわたり進め、蓄積してきた研究結果の総括を行った。初年度は、研究基盤としての原典と向き合い、道化(的人物)の言説に表れた知の形式が聖と俗との関係性においていかなるものであるかという観点から、テクストの解読・分析・考察を行った。2年目は、その結果を踏まえつつ、そうした演劇道化の知のパラダイムがどのようにして形成されたのかを、道化をめぐる古代から中世、ルネサンスに至るまでの認識論の歴史の中に、聖と俗の視点から探った。そして3年目は、作者の置かれていた知的状況と社会的背景を、聖と俗の視点から洗い直すべく、大学における修学内容や彼らの知識や関心・関与のあり方について、また学生ないし法廷書記としての彼らの生活や立場について、さらに、演劇集団の母体としての祝祭組合の実態についての詳しい調査と考察を行った。 以上をふり返り確認した上で、各年度で得られた諸成果を突き合わせ、そこに補足の調査検討と総合的な観点からの再考を加えて、フランス15・16世紀の「愚者」演劇における聖・俗混淆の知的パラダイムの状況を確認してその特質を明らかにし、同時に、その形成は、古代以来の思想や文化における道化の認識論史の伝統と、当時の大学で展開された聖・俗の多様な学知に基づく知識人文化、さらには彼らの聖・俗にまたがる生活環境を背景としつつ、最終的にはこれらの交差するところに成立しているのではないかという解釈に達した。この知の枠組は、ルネサンスという、キリスト教的中世文化と異教由来の人文主義がダイナミックに混じり合った歴史の転換点において、その鏡像であるとともに、新たな知を模索する挑戦のかたちということができるだろう。
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