本年度は2つの作業を中心に研究を進めた。 第1は、作品『プロヴァンシアル』の詳細な検討であり、初年度として全18通の書簡のうち初期の4通を中心に、論争の開始と展開過程に考察を加え、その結果を2度の学会・研究会での発表と論文1篇で公開した。とりわけ、パスカルが先立つ科学論争(計算機製作、ノエル神父との真空論争)およびそれを契機に生まれた科学論的小品(『幾何学的精神について』)において提示した方法、すなわち感覚の重視と独自の定義論にもとづく言語使用のモラルの遵守という主張が、アルノー弁護のための論争的方法として十二分に活用されている事実を明らかにした。つまり、「事実問題」に裁定を下すべき手段としての感覚の役割、および「近接能力」、「十分な恩寵」といった神学用語の名称と意味内容の関係の吟味等にかかわる主要な議論は、科学論争の再現の趣があること、『プロヴァンシアル』が、ある意味において、科学論争を通して獲得した方法の、宗教問題への適用という面を強くもつことを明確にした。これによって、初期の科学的業績から、『プロヴァンシアル』論争を経て『パンセ』に至る思想の深化の奇跡が、従来以上に豊かに展望できる可能性が開けてくる。以上の論点は、今後の中期『プロヴァンシアル』の検討においても、有益な成果を生むものと期待できる。 第2は、わが国における『プロヴァンシアル』研究のための基盤構築作業としての(1)書誌作成と(2)年譜作成作業の着手である。(1)については、1970年以降の欧文篇を、(2)については初期『プロヴァンシアル』と重なる時期のものを作成したが、いずれも素案の形に過ぎず、まだ欠落部分が多い。2年目以降、一層の充実を図りたい。(2)については、発表論文の末尾に付録の形で掲載した。
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