本年度は前2年度に引き続き、2つの作業を中心に研究を進めた。 第1は、作品『プロヴァンシアル』の詳細な読解であり、一昨年度の論争初期の手紙、昨年度の中期前半部の手紙の検討を受けて、イエズス会の道徳批判を主題とする中~後期の書簡を考察対象とし、その成果を論文「『プロヴァンシアル』における道徳論争と言語批判」により公開した。研究1年目に明らかにしたように、論争初期の中心テーマであるアルノー弁護論は、先立つ科学論争とそれを契機に生まれた科学論的小品(『幾何学的精神について』)においてパスカルが提示した方法を十二分に活用しており、『プロヴァンシアル』論争とは、ある意味で、科学論争を通して獲得した方法の宗教論争への適用という性格を強く示していた。本年度はこの視点を受け継ぎ、中・後期の主題たるイエズス会の道徳説批判が、引用の誠実さと視覚によるその判断、パスカル独自の定義論にもとづく言語批判、という2つの観点からなされている事実を明らかにした。パスカルにとってイエズス会の道徳説は、個々の項目の乱脈振りとは別に、言語使用における不誠実、言語使用のモラルからの逸脱という、見逃しがたい特性をもつのであり、結局、初期から後期にいたる論争全体が、言葉をめぐる争い、言語使用の正当性を問う争いである事実を究明した。 第2は、『プロヴァンシアル』研究のための基盤構築作業としての書誌および年譜の作成である。これについては、前2年度の成果を受け作業を続け、一層の充実を図った。書誌、年譜ともに扱う対象が膨大である上、常に増加し続けるという性質上、完成ということはないが、今後とも努力を継続する予定である。
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