アルベール・カミュ(1913-1960)の文学には、源泉への回帰願望、それと並行する絶えざる価値創造という大きな二つのうねりがある、と考えている。このような観点からの検証は今までにないものであり、「アルベール・カミュの世界-絶えざる価値探求と源泉への回帰-」としてカミュの全作品を捉え直し、新たなカミュ像を提出すること、それが今回の目標である。 カミュは自己の作品をいくつかの「系列」に分類し、「第三の系列」の草稿までを残しているが、最終年度にあたる本年度は、「第二の系列」(反抗の系列)以降を研究対象とし、(1)源泉への回帰願望の軌跡、(2)絶えざる価値創造へと向かう軌跡、を考察した。すなわち、1953年以降から遺稿『最初の人間』までの諸作品、『手帖』にある自伝的世界の作品化のメモや手紙等の資料を再検証し、1953年がカミュにとってターニングポイントとなる年であったことを確認し、(1)に関しては源泉となる『裏と表』(1937)の世界への回帰が大きく浮かびあがってくる軌跡、(2)については「男」の価値が再認識される軌跡を考察し、源泉への回帰願望と並行して、新たな価値観を絶えず模索し続けたカミュの姿に迫った。とはいえ、単純に「回帰」の一言で片づけられるものでもない。処女作『裏と表』と遺稿『最初の人間』とは、20年以上の歳月によって隔てられており、両者の間には必然的に差異も存在する。そのような問題について、具体的には『裏と表』と遺稿『最初の人間』における祖母像の類似性と差異とに言及し、晩年には客観化への志向の増大が新たに認められるようになることを指摘した。研究成果はフランス語で発信した。
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