9月中旬にイギリスのラフバラ大学で行われた学会「現代アイルランドにおける諸変化-テクストとその背景」での発表を中心課題として、研究を進めた。具体的には、ジョン・マクガハンの後継者とされるジョン・マッケナの長編小説・短編小説・自伝を通して、ケルティック・タイガ0である現代アイルランドの男女関係、とくに女性の生き方にみられる変化を辿った。戦後も70~80年代まで閉鎖的カトリック社会で充たされない思いを抱えて生きた女性たちと対照的に、現実を見据えて強く生きる女性たち、内面を押し殺さない、何らかのかたちで表現する女性たちの、自由で粘り強く生きる姿が浮かび上がってきた。領域に執着する男性よりも、大胆に境界を越える女性は、イングランドへの国境に対しても軽やかである。それは、最近活発に推進され、多くの出版物を出すアイルランド女性史からの研究成果を、文学の内側から焙りだしていると思われた。ティナ・オトゥール(リムリック大学)による基調講演が、まさに女性史の観点から、アイルランド女性へのフェミニズムの影響を扱っていて、その具体像がマッケナの作品中の女性であることを明らかにしたつもりである。また、マッケナの特徴として、「土地に根ざして風景を書き込む」ことが指摘されるが、変わらない自然と変化する人々を対照させ、アイルランド文学の伝統を具現していることも間違いない。 その学会の寸前9月初旬にアイルランドのコーク大学で開催された「ゴーストの住むところ」と題する学会にも出席した。ここに現存するわけではないが、不在でもない「ゴースト」をテーマとして、作家や作品への過去の亡霊の影響を問うものであったが、2009年7月発売マッケナの最新作は「死者であるがゆえに、常に今を生きる者とともにあって影響を与え続ける存在」をテーマとしている。「霊的なもの」を信じるケルト的思考が、文学作品の基盤に、学会の分析や議論の根底に、見られると思われた。
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