17世紀『ドン・キホーテ』の冒頭には、ローランを扼殺したベルナルドという架空の英雄が登場する。この伝説はどこで生まれ、どのように育まれたかを、主にアルフォンソ賢王の『スペイン史』を中心に研究した。そして悲劇の英雄ローランの伝説が換骨脱退されて、ルネサンス、黄金世紀にはスペインの国民的英雄になっていくことを確認した。 ローランの名声とともに剣デュランダルの名前もスペインに伝わる。失われた叙事詩『マイネーの歌』では、いつの間にか剣はスペインで鋳造されたことになってしまう。15世紀、ロマンセという俗謡のジャンルが成立するが、その中にデュランダルは剣ではなくて騎士の名前で登場する。彼はロンスヴォーで戦死し、従兄弟のモンテシノスに心臓をえぐりだしてもらい、それを思い姫のべレルマのもとへとどけてもらう。セルバンテスは、『ドン・キホーテ』続編にこの主題を用いて「モンテシノスの洞窟」という章を挿入している。従来、この挿話の解釈をめぐって、神秘主義、精神分析学などを応用して議論が行われてきた。私は、この挿話は騎士道物語、特にクレティアン・ド・トロワの『ペルスヴァル、あるいは聖杯の物語』のパロディだと推論し、人物、情況などが相似形に描かれていることを例証し、新たな視点を提供した。カロリング朝の題材が、アーサー王伝説と結合するのである。『ドン・キホーテ』は、当時はびこっていた騎士道物語を撲滅するために書かれ、そのスタイルを借りて、騎士道物語を徹頭徹尾笑い飛ばす構造になっている。つまり理想化された騎士道物語に現実世界を引き込むことで笑いが生まれる構造になっているからである。
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