本研究は、19世紀中葉のルネッサンス期アメリカ文学を、従来活発に行われてきた人種・階級・ジェンダーという視点からの研究に、ナショナリズムという視座をからめて考察するとともに、この時期を多角的にパノラマ式に捉えてみよとするものである。初年度の平成19年度は、この時代の社会・政治的某軸となる第16代大統領アブラハム・リンカンの演説を中心に、彼のレトリックとアメリカ国家の形成との関わりを中心にリサーチをし、検証した。その結果、彼の演説が、共和国の理念やアメリカン・デモクラシーが直面した政治的・社会的矛盾を乗り越えようとする過程で、アメリカ国家形成およびナショナリズムの形成に重要な役割を果していることが明らかとなった。その成果は論文として発表する予定である。 上記の研究過程で、リンカーンと同時代を生きた女性作家ハリエット・ビーチャー・ストーとの、予想以上の関連性が浮上した。どちらも、当時の大衆に、奴隷制の問題点を分かりやすく提示し、その過程でアメリカ国家形成とナショナリズム形成に影響力をもった点で酷似している。しかし、一方で、フェミニズム的観点や人種問題などの観点からストーを見直すと、重要な差異が明らかとなった。リンカーンの男性的、北部的ナショナリズムに対し、ストーの場合は、女性による共同社会的要素が批判的にその共和国の理想に持ち込まれる。さらに、人種の観点からアフリカ系アメリカ人の作品に照射すると、その限界も明らかとなる。これらの研究成果は "Uncle Tom's Cabin and the Black Antislavery Literature II-Harriet Jacob's Incidents in the Life of a Slave Girl"に発表した。
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