18世紀末から19世紀末までを射程に入れて考察を進めた。骨相学者ガルはラーヴァーターの著作に通底していた観察主体の「天才」という審級を排除することで、科学的な客観性をめざした。ケルヒはカントの死後その頭部を考察するが、残されているカントの頭部は口が開いているために、ラーヴァーター的な「天才」が解釈学にふけることができるような空間は不可能になる。カントの頭部を型取る際に、口のなかに詰め物をしたのだ。科学的な客観性を可能にするための観察は、観察対象を毀損する。19世紀の観相学は無自覚なままに、科学的な客観性を演出しつづける。まず定量化という操作が導入される。カールスは『人間の形態の象徴学』のなかで、ラーヴァーター的な「見者の眼差し」をしりぞけた上で、学問としての観相学は「比較し計測しなければならない」と述べる。科学的な客観性を演出するためのもう一つの操作が、テクノロジーの導入である。ゴールトンは犯罪者の顔写真を合成することで、犯罪者に特徴的な顔を確定しようとした。デュシェンヌは観察対象の頭部に電極を当て、電流を流し、電気ショックによって生じた顔の表情を記録した。写真と電極を使ったこの「観察」は、影絵を使ったラーヴァーターのあの「観察」と決定的に異なっている。ラーヴァーターは、観察対象が「観察」されていることを意識しないことに意を用いた。デュシェンヌは「観察」が観察対象に物理的な力を加えてしまうことに無頓着である。ベルティヨンは、犯罪者をアイデンティファイするための方法として身体測定を導入し、計測値と写真からなる犯罪者のカードを作成し、それをファイル化するシステムを1880年代にあみだした。同じ頃、ロンブローゾは、数百人におよぶ犯罪者の頭蓋を解剖して、「生来犯罪者」という概念を提唱した。
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