研究課題
22年度の課題は、特に現代スイス文学を代表する作家フリッシュ、デュレンマット、ピクセルのスイス論を比較検討しつつ、一見「故郷スイス」というテーマには無関係に見える彼らの文学作品が実はスイス批判という観点を含んでいることに注目し、特にデュレンマットの作品に見られるスイス表象と政治的言説との関係について考察することだった。その結果、次のような点が明らかになった。1.フリッシュらのスイス論における批判の矛先は、(1)建国神話の欺瞞、(2)中立の名のもとに容認されている孤立状態、(3)スイスにおいて未だに「過去の克服」が行われていないことの3点に集中している。2.建国神話は直接民主制と武装中立というスイスの大原則に深く関わっている。デュレンマットは直接民主制がもたらす負の面、たとえば政治的決断にあまりにも時間がかかりすぎる点を『ヘラクレスとアウゲイアスの牛舎』で、うずたかく堆積する家畜の糞という形で表現した。3.中立という国是を楯にEU加盟を拒んでいるスイスは陸の孤島である。その閉鎖性をデュレンマットは監獄(初期の短編小説群に多く見られるメタファーである)にたとえた。4.スイス軍の存在はスイスの・ナショナル・アイデンティティに最も深く関わっており、多くのスイス人にとっては軍隊のないスイスはスイスではない。スイスが第二次世界大戦の戦禍を免れたのは強いスイス軍のおかげである、という広く流布する〈スイス軍の神話〉はしかし、スイスが「過去の克服」に取り組むのを妨げている。5.フリッシュとデュレンマットはごく早い時期から、大戦中のスイスの罪というテーマに取り組んだ。フリッシュは『ビーダーマンと放火犯たち』で隣国ドイツの犯罪を傍観していたスイスの責任を問い、デュレンマットの『嫌疑』ではナチスに協力したスイス人が断罪されている。
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DA(神戸大学ドイツ文学会編)
巻: 第8号(印刷中)
Wie alles sich zum Ganzen webt.Festschrift fur Yoshito Takahashi zum 65. Geburtsgag. hrsg.von Akio Ogawa u.a.Tubingen (Stauffenburg Verlag)
ページ: 89-102