研究概要 |
中国の文字である漢字は、形・音・義の3つの要素を持ち、このおのおのを配列の手段、換言すれば検索の手段とする伝統的な辞書が存在する。そして、字形によるものは狭義の「字書」、音によるものは「韻書」、そして字義によるものは前2者ほど一般的名称ではないが「義書」と呼ばれる。本研究課題は、これら3種の中国の伝統的辞書を収録字の配列(検索)という観点から考察し、新たな中国辞書史を構築することを目的とする。 本年度は本課題に関わる2篇の論文を公刊した。「《洪武正韵編》在中国字〓史上的地位」は、明代万暦30年(1602)の序のある周家棟編『洪武正韻彙編』の中国字書(辞書)史上における位置を明らかにしたものである。部首により配列された字書は後漢・許慎の『説文解字』を嚆矢とする。しかしこの『説文解字』は部首配列ではあるものの、部首配列の字書ということから我々が想像するような、部首も収録字もともにその画数により配列するという配列方法を採ってはいない。中国辞書史においては、部首・収録字双方を各々の画数により配列した字書の出現は明代梅膺祚の『字彙』(万暦43年(1615)梅鼎祚序)まで待たねばならないとされてきた。本論文は『洪武正韻彙編』の内容及び関係資料を精査することにより、部首・収録字を画数順に配列した最初の字書は『字彙』ではなく、韻書『洪武正韻』を部首による字書に再編した『洪武正韻彙編』であることを明らかにしたものであり、中国字書(辞書)史に新たな1頁を加えたものである。「編纂《古今韵会挙要》的目的」は、元代を代表する韻書である『古今韻会挙要』の辞書としての性格について考察したもので、本書を増訂した『古今韻会挙要小補』の内容との比較から、熊忠は訓詁を主とし、且つその出典を明記した大部な韻書を編纂することを企図して『古今韻会挙要』を編纂したことを明らかにした。韻書は元来は押韻字検索のための字書であるが、韻を配列の手段として韻書の範疇に入れられるものであっても、その用途には多様なものがあることを指摘したことは,評価されてよいと考える。
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