平成20年度においては、トランスレーション研究の対象を翻訳テクストだけでなく解釈行為一般(記号法間翻訳を含む)に拡大し、その戦略のあり方を分析した。トランスレーション言説分析において、テクストの意味は解釈できるという立場と解釈できないという立場があり、そこにはキリスト教的な世界観とユダヤ教的な世界観というヨーロッパ世界における文明の対立構造が反映していることを、修正主義批評および20世紀初頭の抽象絵画の美学理論を対象として検証した。加えて、抽象絵画がキリスト教の世界観に代わって登場する神智学の創造理論にも接続していることを検証した。 解釈には、翻訳者が独自にもっている解釈コードが必要となる。解釈コードには、対象となるテクスト側に関わるものと、解釈する側(翻訳者)に関わるものの2種類がある。翻訳者あるいは批評家は、透明で中立的な視点から解釈を行うわけではない。翻訳者あるいは批評家には、それぞれの政治・経済・社会・歴史・宗教的な立場があり、対象となるテクストを解釈するさいには、翻訳者自身あるいは批評家自身の視点が関与してくる。ブルームの用語を使用すれば、翻訳者の解釈コードにはつねに誤読(misprision)という操作が介入してくる。詩人(=翻訳者=批評家)が先行する詩人を乗り越えようとするさいに、後発者の不安から必然的に誤読が行われるのである。後発者の誤読は新たなテクストとしての詩を創造する契機となることを、カバラー解釈学との関連から考察した。
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