本年の研究により、以下のことを明らかにした。貴州省思南県一帯に残る「儺堂戯」に『鸚哥記』(上)(下)『太子売身』は、晋王の子・馬再興をめぐる貴種流離課であり、次のような内容である。「晋王は黄氏の娘・金蓮を娶るが、金蓮の父・黄〓の陰謀によって王座を奪われ、妊娠中の金蓮に、生まれた子供には乾隆馬再興と命名するよう命じて死ぬ。金蓮は冷宮で一子を出産。天神の助けによって東海の香山に飛翔し、その地の黄氏にかくまわれる。やがて成長し、ひとり諸国を放浪して7人の女性たちと婚約し、その助けを受ける。馬再興は冀州において捉えられるが、人語を解する鸚哥・李丞相の助力によって自身の危機を母と七人の妻たちに知らせ、それらの人々の挙兵によって晋王の天下を再興する」。一方、北京の中国国家図書館が所蔵する通俗小説『潜龍馬再興七姑伝』は二巻39則。牌記がすでに欠損しているため刊行年代・書肆名等は明らかでないが、原刻は明末・福建の刊行に係ると思われる上図下文の粗雑な版本である。その内容は、太子の名を潜龍馬再興、第三夫人の名を劉金縛とする以外は、思南県の「儺堂戯」と細部に至るまで一致し、その文体・表現から判断して、「詞話」を散文体に翻案した講史風小説と推測される。また、潜龍馬再興を扱う「詞話」として、貴州省遵義には弾詞『鸚哥記』、上海には三種の鼓詞『馬潜龍走国』、甘肅には寶巻『馬乾隆寶巻』『王敦造反寶巻』『鸚鵡搬兵寶巻』、福建には木偶戯『七姑救主』その他があったという。潜龍馬再興の物語は、古くから、都市と農村とを問わず広く中国全土に伝播したのであり、明末の福建で小説に翻案されたほか、一部の地域では20世紀初頭までその「詞話」が芸能のテキストとして残存したのである。
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