本研究課題は、北京の中国国家図書館が所蔵する明代の通俗小説『潜龍馬再興七姑伝』、ならびに同話を扱う今日の貴州省の地方戯『鸚哥記』『太子売身』について、その起源や発展の過程、三者の関係等を総合的に考察することを目的としたが、中華人民共和国における現地調査等の結果、潜龍馬再興の物語を扱う芸能や文芸は他に北京、山西、甘肅、.四川、貴州、上海、福建、広東といった各地域に、彈詞、宝巻、鼓詞、木魚書といった「詞話」として残存していることをつきとめ、また、金陵冨春堂の万暦刊本として最古のテクス上を残す明代の伝奇「蘇英皇后鸚鵡記」も恐らく同話であることが明らかになった。 以上の調査結果をもとにこの物語の成立や発展め過程を考えるに、「馬潜龍太子の物語」は宋元の頃には「詞話」として説唱芸人たちによって語られ、明代には戯文や講史小説に題材を提供しながら中国各地に伝播していたと思われる。中国国家図書館が所蔵する『潜龍馬再興七姑伝』は明末の福建省においてこの物語が語られていた証であり、また貴州省の地方戯『鸚哥記』『太子売身』は「詞話」が文字化され貴州省まで伝播していた証である。 また、この物語の特徴は悲哀を語る点にあり、その悲哀は理性によって解析されるような含蓄のあるものでほなく、語り手たちの境涯に象徴されるような直截的なもの、ないし感情の起伏だけで構成されたヒステリシクで激越なものだった。こうした点にこの物語の「農村的」「中世的〕な特徴がある。
|