本研究目的は、ポルトガル語・スペイン語両言語における名詞句に関わる現象を記述し、他のロマンス諸語の該当する言語事実と対比しながら、その特異性を理論的観点から明らかにすることにある。本年度の研究は、名詞句内において極めて重要な位置を占める所有形容詞に関する両言語の現象を観察し、その相違点がどのように捉えられるかを分析することにあった。 西語においては所有形容詞が2種類存在し、その分布が異なる。名詞に先行する接語形所有形容詞の場合には冠詞と共起することが不可能で音韻的に弱い要素であるのに対し、名詞に後続する独立形所有形容詞の場合には、冠詞との共起が可能である。本研究では、近年生成文法の分野において展開されているカートグラフィーの考え方に則ってBrugeによって提案された名詞句構造を基に分析した。具体的には、名詞句構造の中にNPを直接支配する機能範疇としてPosPを設定し、接語形と独立形のいずれの形式も基底の構造ではPosP指定部に導入されると仮定した。次に、独立形はこの位置にとどまったままであるのに対し、接語形は冠詞のもつ[+定]という素性をもつことから同じ素性をもつD主要部に移動すると提案した。また、接語形は格素性をもたないのに対し、独立形は属格素性をもつという統語的特性の違いがあることも主張した。 これに対して、葡語には所有形容詞として一つの形式しか存在せず、名詞に先行する場合も後続する場合もある。いずれの場合も独立形であり、西語のような接語形は存在しない。名詞との語順については、名詞に後続する場合にはPosP内に所有形容詞がとどまっているのに対し、名詞に先行する場合には所有形容詞が名詞句内における上位の位置にある機能範疇の指定部まで移動していると説明される。 以上の分析により、西語・葡語における所有形容詞の共通点・相違点が理論的な観点から明確に捉える事が可能となった。この分析は、他のロマンス諸語にも適用可能な普遍性をもち、カートグラフィーの手法が名詞句の分においても極めて有効であることを示した。
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