本研究は、自然言語に観察される間接疑問省略と項省略という二つの省略現象を比較統語論的に考察し、それらの言語間の変異の程度とその変異の根底となるパラメーターの解明を主たる目的とする。 平成20年度においては、間接疑問縮約に関しては、日本語の当該現象について文献調査や新しい言語事実の発掘を通し、その分析の提示を計画していた。項省略に関しては、平成19年度の成果を受け、特に自由語順現象との相関を通言語的に検証することを計画していた。 平成20年度の研究実績としては、間接疑問縮約に関しては、前年度に引き続き数篇の主要な先行研究論文を吟味し、問題の所在や議論の在り方などの理解に努めた。特に、日本語の当該現象において、疑問縮約文中の残余疑問詞に対応する先行文中の先行詞が不定名詞句ではなく指示名詞句であり、残余疑問詞がその先行詞との対比を表す場合、当該の文の派生には分裂文構造ではなく、焦点移動(もしくはwh移動)というA'移動が関与していることを支持する議論を提示した先行研究が複数発表されていることが判明した。その論拠を、島の効果の消失や残余疑問詞の作用域などを考慮しながら検証し、かなりの妥当性があるという結論に至った。 項省略については、日本語と同様に空主語・空目的語を許す中国語とトルコ語を考察し、それらの言語の空目的語は日本語のそれと同様の特徴を有するが、それらの空主語は日本語のそれと異なる特徴を示すことを見出した。中国語については、省略的な空目的語構文は動詞句削除によるものではなく項省略によって派生されていることを示す証拠を得た。中国語は一般に自由語順言語とみなされていないので、これは項省略が自由語順現象と相関しない場合があることを意味する。また、トルコ語の事実は、自由語順言語であっても日本語と同じ振る舞いを示すとは限らないことを示し、やはり当該の相関の妥当性を疑わせるものである。
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