本年度は、適用態構文の類型論的変異を把握するため、8つの調査項目((1)適用態標識の諸タイプ、(2)適用態標識が付く動詞の自他、(3)適用態の生産性、(4)適用態が増項を伴うか否か、(5)適用態が引き起こす統語的変化、(6)適用態構文が生起する統語的環境、(7)適用態が統語的に取り立てる語句の意味役割、(8)適用態標識と適用態が取り立てる意味役割の対応関係)に即して調査を行った。 上記の項目(8)を調査する過程で、適用態が取り立てる意味役割の種類に関わらず、同一の適用態標識を取る、チチェワ語(バントゥー語族)に代表される言語から、古ユカテック・マヤ語のような、取り立てられる意味役割の種類に応じて、適用態標識が異なる言語まで広い変異があることが判明したが、後者は、そもそも主要部マーキング言語一般に見られる特徴である(Yasugi2005)ことを考慮すると、適用態構文を類型論的に分類する際には、主要部マーキング言語⇔従属部マーキング言語(Nichols 1992)の対立を考慮に入れる必要があること、更に、従来の研究文献(Peterson 2007)では適用態構文と呼ばれていた構文は、主要部マーキング言語から従属部マーキング言語へ至る移行過程で観察されたものであることが判明した。具体的には、適用態構文の典型的な例としてしばしば引用されるバントゥ諸語及び一部のオーストロネシア諸語の適用態構文は、上記の文法変化の過程の中に位置づけることが可能である。 こうした知見は、従来は、主に従属部マーキング言語の視点からなされていた、適用態構文の理論的な位置づけに重大な変更を迫るものである。
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