本年度は上代日本語の活格型の格システムから現代日本語の主格型の格システムへの歴史的変化を生成文法理論の枠組みで理論化し、資料的事実と先行研究が豊富なインド・イラン語派の能格型から主格型への歴史的変化と比較を試みた。活格型とは活格が他動詞の主語と動作自動詞(特に非能格自動詞)をマークし、非動作自動詞主語と他動詞の目的語が同じ格表示をつ言語である。生成文法の枠組みでは活格は能格言語の一形態であるとされてきた。能格・活格型言語と主格型言語の違いは単に格表示の違いだけだはなく、統語的にも異なるシステムをもつことが観察される。Harris and Campbell(1995)は活格型から主格型言語への変化は活格が非動作自動詞(特に非対格自動詞)へ拡大することにより格システムが変わると主張している。本研究では活格が非動作動詞に拡大する以前に、目的語が対格として確立し、対格を付与するための構造的変化が活格から主格への変化の誘因(trigger)になることを示した。活格と能格は格が内在格をvから付与され、主格は構造格をTから付与されるという一般化はLegate(2004)など多くの研究者によって指摘されているが、日本語の活格から主格への変化もインド・イラン語派の能格から主格への変化と同様に格システムの変化は内在格から構造格の変化であり、またこの格変化が「名詞化(nominalization)」が主文へと拡大する歴史変化と対応することを実証的に示した。また本研究後半は活格システムと代名詞に関する研究を行った。活格型また能格型言語の多くは格が分裂し、分裂言語では活格はSilverstein(1976)の名詞階層でもっとも上位の代名詞に現れ、下位の無生主語には現れない。また代名詞には強形代名詞(strong pronoun)と接語代名詞(clitic pronoun)が存在し、接語代名詞に活格が現れるという特徴がある。本研究ではこうした類型的事実が古代日本語に存在することを示し、活格言語における言語現象を理論的枠組みを用いてどのように説明するかという観点から研究を行った。
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