本年度は主に次の3つの観点から研究を行った。 1.「太郎ナンカが来た」といった例に見られるナンカの侮蔑的意味(否定的特立の意味)の派生を理解するために、侮蔑に加えて話者の「非同定」も表わす仏語のquelconque等と、非同定だけを表わす「学生がダレカ」といった不定表現を比較した。そしてこの二つの意味を、選言からの量の原則による会話の含意として分析した。すなわち「学生がダレカ来る」は、学生の選択肢として太郎と花子しかいない場合、「太郎が来るか花子が来るか」と書き換えられ、さらに両者が関与的である場合、量の原則に従い「話者はどちらかわからない」という含意が生じる。仏語のquelconqueも選択肢の選言として分析でき、同様に非同定の含意を生じるが、どの選択肢も関与的でない場合に使うこともでき、その場合侮蔑の含意が生じる。一方、「太郎ナンカ」では、太郎以外の選択肢がダレカのように[+human]の素性をもたないナンカで表される。、選択肢がそうした文法化した形式で表されることによって、文脈上関与的でないという含意が生じ、さらに選言では個々の選択肢は文脈上の関与性において平行的でなくてはならないという原則のために、「太郎」も非関与的であるという侮蔑の意味が生じる。以上の内容は、下記の学会1において発表した。 2.「学生が(授業に)ダレカ来た」といった名詞後続位置・遊離位置に現れる不定表現の統語構造と意味を扱った。統語構造については、i)遊離不定表現には、省略を含む挿入句的間接疑問文「学生がダレ(が)カ(わからないが)」ではなく、後続不定表現からの派生として分析すべきタイプが存在する、ii)名詞後続不定表現はDPの外にある、と主張した。さらに意味的にはロマンス諸語のepistemic determinerと呼ばれる表現と似た振る舞いをすることを指摘した。以上の下記の学会2において発表した。 3.「ダレカ学生が」といった名詞前置位置の不定表現の統語構造と意味を扱った。統語構造については、先行研究に従い名詞句の同格表現と分析した。その際、不定表現が単数・不定、スコープなどの真理条件的意味に影響を与えることを考慮し、close appositiveの一種であると論じた。そしてスペイン語のalgunについての先行分析を参考に、前置不定表現の意味的特徴は、指示対象の選択肢が2つ以上存在しなければならないという制約に起因すると提案した。以上の内容は下記の学会3において発表した。
|