1成果 モーラ音韻論と統率音韻論の枠組みを比較しながら、ワステカ語(Huasteco)の強勢規則の分析を行った。ワステカ語では「位置による重量付加」(Weight-by-Position)の制約が課されず尾子音が重みを持たない(ゆえに当該音節は軽音節となり強勢を受けない)というモーラ音韻論の考え方は、従来の記述的な枠組みによる主張を生成的な枠組みで捉え直したものである。この制約は、なぜ尾子音だけが対象となるのか、という恣意性を抱えている。本研究では、より制約的な統率音韻論の枠組みでワステカ語のデータを改めて分析し、従来尾子音とみなされてきた音の中には後続音節の頭子音が含まれていることを示した。これらを除外すれば、尾子音を持つものをすべて重音節とみなして、分岐構造を持つ韻はすべて重音節を形成するという典型的な分析をワステカ語にも適用することが可能となる。この分析は、決してモーラ音韻論と排他的ではなく、むしろ同様の考え方を取り入れることで、モーラ音韻論の枠組みの恣意性を排除できる。以上の結論を踏まえて、ワステカ語と同様に、尾子音を持つ音節が軽音節として記述されているほかの言語についても、再分析の必要性を示した。 2意義 ワステカ語のように、尾子音の有無が音節の軽重に影響しないというシステムの存在は、普遍文法に不確定性をもたらす。音節の軽重が弁別される言語では、普遍的に、短母音を擁する開音節(CV)は軽音節、長母音を擁する音節(CVV)は(尾子音の有無にかかわらず)重音節として扱われる。しかしながら、短母音を擁する閉音節(CVC)は、英語を含む多くの言語では重音節とみなされる一方で、ワステカ語などの言語では軽音節と同じ振る舞いを示すと考えられてきた。しかし、後者のような言語は少なく、当該音節の取扱いには例外が数多く認められるなど、有標性の高さが際立っている。「位置による重量付加」のように恣意的な制約を導入することは、説明的妥当性を高めることにはならない。本研究の成果は、類型的に確立されていると考えられている閉音節の二元的な振る舞いが、制約性の高い枠組みでは一元化できる可能性を示したことにある。
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