平成21年度は本研究課題の最終年度に当たるため、これまでの研究成果を著書(6月出版予定)としてまとめることに多くの時間を割いた。特に、発話理解を認知とコミュニケーションの観点から見直すために<発話事態モデル>を提案し、それに基づいた発話理解過程の記述と説明を行った点、およびメタファー、直喩、メトニミー、シネクドキ、アイロニー、ヘッジ表現など様々なレトリック表現を取り上げて個別の言語現象の中にある言語使用者の事態認知の相互作用を明らかにした点は、言語学研究のみならず認知科学やコミュニケーション研究にとっても重要な示唆に富むと考える。 さらに、上記の認知語用論の著書において展望的な試みとして記したように、狭い意味での言語研究を超えたコミュニケーション研究の一環として、(1)発話の外部指向性の相互行為的実現手法の分析、(2)コミュニケーション障害者のメタ認知モデルの構築、の二つの萌芽的研究を行った。(1)に関しては、漫才のボケとツッコミに見られる「相互行為の外部提示」に着目し、これを<オープンコミュニケーション>としてモデル化した。一方(2)に関しては、コミュニケーション障害の例として高次脳機能障害や精神障害を取り上げ、そうした障害を持つ者たちがどの程度のメタ認知能力を日常的なコミュニケーション場面で運用することができるかについての分析を行った。こうした試みは本研究課題がその成果として提出する「認知語用論」という新しい研究パラダイムの射程のうちに含まれ、今後の認知語用論研究の展開の一端を示すものである。
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