標準変種の音声変異形については、有声性や母音など変異が連続体を成している領域では分類・記述が容易ではないことなどの理由から、十分な検討が行われていない。これまでの研究を通じて国別で特徴的な音声変異形が確認されているものの、辞典類ではその一部しか取り上げておらず、何を基準にそれらの変異形を標準変種と認定しているのか、その選別基準はあいまいである。そこで、従来の研究成果に基づきながら、これら変異形の妥当性と辞典類(ドイツ、オーストリア、スイスで出版されたもの)での位置づけを考察し、標準変異形に相当すると判断される形式を提案した。 だが、標準変種は言語学的要因だけでは規定できない。国際関係の状況によってドイツ語圏諸国は複雑に接近と離反を繰り返し、その都度オーストリアやスイスはドイツからの距離感を調整する言語政策を採ってきた。そのため、オーストリアとスイスの変異形は、国内での収束に加えてドイツへの心理的距離の置き方をも考慮しなければ同定することはできない。このような言語政策的背景に基づいて単一中心地的言語観が相対化される現象は、規範の分散という意味で広義の脱標準化と考えられる。 この現象と並行して、伝統的な地域方言から超地域的な変種へ移行することによる脱標準化現象も進行中である。地域的音声特徴も存続していることは言うまでもないが、標準変種を使用する場面における地域的音声への逸脱は減少傾向にあり、縮約形など超地域的な音声特徴が広がりつつある。このような超地域的変異形と地域的変異形が標準変種の使用の際に混合し、中間的な変種が発生している。脱標準化は方言への回帰ではなく、中間的変種の出現による規範の多極化であることを明らかにした。
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