19世紀後半に開始されたドイツ語の標準化政策は、今日では大きな成果を収め、正書法、正音法、文法など包括的な辞典類が刊行されている。しかし、辞典類の作成に際しては、記述主義が底流にあり、記述されたから標準形であると認定されたと考えるわけにはいかない。また、複数中心地性に関する研究成果を反映し、国別の標準変種の記述への要求が高まっている。こうした、多様な変種容認の動きに呼応して、成文規範を墨守しなければならないという意識も低下している。 標準化政策では、当初は単一中心地的言語観が背景に収束(convergence)を企図し、変異形の排除が主たる目的としていた。収束がある程度進行すると、多様な規範を容認しようという複数中心地的言語観が台頭し、規範の分散(divergence)がうながされる。地域変種を承認することにより、地域方言が見直されることにもなり、それが方言ルネサンスという印象を与えている。これは標準化の進行により方言が衰退することへの危機感から方言を守ろうという意識にも呼応し、EUの多言語主義や言語権の意識向上がその流れを擁護しているのである。つまり脱標準化とは、ドイツ語圏全体の収束から、国・地域レベルでの収束に移行する状況であり、その際にそれぞれの地域方言を基盤とする変異形が吸い上げられる現象と考えることができよう。だた、収束が進行した後の分散なので、伝統的な地域方言がそのまま復活するのではなく、発音上の縮約など超地域的な特徴を持つ変種が出現することとなった。脱標準化とは、単なる方言への回帰ではなく、単一中心地的言語観に基づく標準形の相対化による多様な標準変種の確立と、音声的縮約など超地域的な特徴を持つ変種の拡充傾向であることを明らかにした。
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