本年度は、H16-18年度及び19年度の研究について、さらなる実験により比較・検証し発展させた。 (1)量化表現の1つである「さえ」(及び「まで」)についての研究(H16-18年度)では、日本語児が「(他者の)存在の含意」や「尺度の含意」を計算することが出来ないことを示したが、その結果は、該当の意味論的知識の欠如によるものであるのか、語用論的知識の欠如によるものであるのかを決定することが出来なかった。したがって特に本年度は、日本語児の語用論的知識(そのなかでも、特にScalar Implicature[SI])に焦点を絞り、Zondervan(2007)のQUDの考えやChierchia et al.の処理コストの考えを検証することを目的とした。その上でコーパスにおいて産出が確認されている「だって」を用いた新たな実験を行った。その結果、QUD質問方法では語用論的情報量の強弱を認識できないが、処理コストが軽減された質問法においては、該当の情報量に敏感であることが明らかとなった。しかし、子供の語用論的推意の計算が大人と同様ではないことも明らかとなった。 また、他の語彙項目を用いて、SIにかかわる知識についての実験も行い、同様の結果も得られた。 (2)前回の「そうする」動詞句削除文の解釈に関わる研究では、照応詞「自分」の先行詞が量化表現である場合、その束縛変項解釈は偶然のレベルの正答率であることが統計的に有意であった。本年度は、表層照応やLF再構築に確実に関わると考えられる格標識付きstripping構造を用いて実験を行った。その結果、先行詞が量化表現である場合も、「自分」およびimplicit variablを含む文について日本語児が正しく束縛変項およびsloppy解釈をすることが明らかとなった。言語獲得の経験的事実をもとに、裸名詞句の不定解釈、削除の再構築や言語的先行詞を要求する表層照応について論じる。
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